【後味の悪い話】ジャズの巨匠アート・ブレイキー

433 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/02/09(土) 03:31:50
人種差別がからむ事件などはどれも後味悪いね・・・
ジャズの巨匠アート・ブレイキー(黒人)のエピソード

(1/2)

素晴らしいメンバーを従えてアート・ブレイキーが
初めて羽田空港に降り立ったのは、1961年元日の夜10時のことだった。
機内から外へ出た瞬間にブレイキーが目にしたのは、花束を持ち、
こちらに向かって熱狂的に手を振っている無数の若者達。
彼はいったい同じ機にどんな有名人が乗っていたのだろうと思ったのだが、
これが実は自分達を歓迎するファンの渦だと知ったとき、彼の目からは大粒の涙があふれた。
アフリカン・アメリカンとして、常に差別を意識せざる得ない状況の中で
生きてきたブレイキーにとって、この、彼らへのただ手放しの歓迎ぶりは、
にわかには信じられないことだったのだ。
 
タラップを降りると、ファンからの花束に埋もれ、スピーチを求められても、
涙が止まらなくてとてもそれどころではない。
すると、ファンの一人がブレイキーにおずおずと近づいて来て、こう言ったのです。




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434 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/02/09(土) 03:32:36
続き
(2/2)
熱狂ファン「ミスター・ブレイキー!お願いがあります。」
ブレイキー「何だい?」
熱狂ファン「僕と一緒に写真を撮って下さいませんか?」
ブレイキー「は?本気か?」
熱狂ファン「もちろんです!是非、是非お願いします。」
ブレイキー「俺は黒人だが・・・そんな俺と同じ写真に写っていいのかい?」
熱狂ファン「そんなこと知ってますよ。是非お願いします。記念にしたいんです。」
ブレイキー「俺は黒人だぜ。本当にいいのか?」

当時のアート・ブレイキーと言ったら、ジャズ・シーンのスーパー・スターです。
そんなブレイキーでも本国アメリカでは、ごく普通に差別されていた・・・
そんな時、日本国民は、素晴らしい音楽を日本まで運んで来てくれたスーパー・スター、
アート・ブレイキーに心から感謝し、尊敬し、それをごく普通に、態度で示したのです。
これって、涙が出るほど、素晴らしいことですよね。

のちにアート・ブレイキーはこう語ったそうです。
「我々を人間として迎えてくれたのは、アフリカと日本だけだ」
大の親日家になったブレイキーは、その後、日本女性を妻に娶りました。

436 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/02/09(土) 03:43:42
そんなふうに差別され続けてきた黒人が
奴隷から平民となり、その中から政治家が生まれ、ついにアメリカ大統領になれば
それが平和的かつ民主的な復讐になりえるだろ
437 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/02/09(土) 03:50:45
ライス国務長官なんて大したことはない。
お父さんはウェストミンスター長老教会の牧師でお母さんは音楽教師で
幼い頃に友達を白人優越主義者に殺され、
頭が良過ぎて飛び級して15歳でデンバー大学に入学して、
4年で卒業したと思ったら翌年にはノートルダム大学で
修士号を得て、その後国務省に勤務し、政治博士号を所得。
ソ連や国際関係に造詣が深く、
1989年にマルタで開かれた米ソ首脳会談に同行した際に、
ブッシュ元大統領が当時のゴルバチョフ・ソ連大統領に対し、
「私のソ連に関するすべての知識は彼女から授けられたものだ」と紹介され、
もちろんロシア語も堪能でほかにフランス語、スペイン語、チェコ語が話せて、
もともとコンサートピアニストになりたかったからピアノの腕はプロ級で、
チャリティーコンサートではヨーヨー・マと競演して、観客から大きな拍手を浴びた。
そんなドコにでもいる黒人女性、それがライス国務長官。
438 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2008/02/09(土) 03:54:33
>>437
SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!
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[ 2016/12/27 19:20 ] 実話・体験談 | TB(0) | CM(0)
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